おかげさまで15周年 15th Anniversary 2011–2026

Thank you
 for All guests.

恩納村の海に、
帰って来られる場所。

恩納村一筋20年の経験を礎に、これからも、
一人ひとりの海に寄り添い続けます。

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Message 15年分の感謝を、
恩納村の海から。

代表・横田崇

2011年にブルーリーフを始めてから、15年。

振り返れば、恩納村の海で本当に多くの方と出会い、たくさんの時間をともに過ごしてきました。

初めてブルーリーフを選んでくださった方。

何度も恩納村へ帰って来てくださる方。

遠くから変わらず応援してくださる方。

一人ひとりとの出会いと積み重ねが、今のブルーリーフをつくっています。

海の仕事は、自然を相手にする仕事です。同じ海でも、同じ景色は二度とありません。海況も、季節も、その日に出会う生き物も変わります。

そして、海を訪れる方の年齢や経験、目的、気持ちも、それぞれ違います。

だからこそ私たちは、その日の海と、その方の想いに丁寧に向き合うことを大切にしてきました。久しぶりのダイビングに不安がある時も。年齢や体力について相談したい時も。もう一度、恩納村の海に潜りたいと思った時も。安心して相談でき、また帰って来られる場所でありたい。

その想いは、ブルーリーフを始めた頃から変わっていません。

15周年は、私たちだけの節目ではありません。

これまでブルーリーフに関わってくださった皆さまと一緒に積み重ねてきた、15年の節目です。

ここまで歩みを続けてこられたことに、心より感謝申し上げます。

これからも恩納村の海で、一人ひとりに寄り添いながら、丁寧に、安全を最優先に、海をご案内してまいります。

そして、いつでも安心して帰って来られる場所であり続けられるよう、これからの時間を積み重ねていきます。

株式会社あおば 代表取締役
/ブルーリーフ代表

横田 崇

Welcome Back 「帰って来られる場所」とは

海から離れていた時間も、
その人の大切な歩みです。

ブルーリーフが考える「帰って来られる場所」とは、ただ同じ店舗や同じ海へ、もう一度訪れることではありません。

仕事や子育て、生活環境の変化によって、しばらく海から離れることがあります。年齢を重ね、以前とは体力や感じ方が変わることもあります。

久しぶりに潜ることへの不安や、周囲についていけるだろうかという心配を抱えることもあります。

それは、決して特別なことではありません。

海から離れていた時間も含めて、その人が歩んできた大切な時間だと、私たちは考えています。

だからこそブルーリーフでは、以前と同じように潜れることだけを求めません。

今の体調や経験、希望、不安を伺いながら、その人に合った海の時間を一緒に考えます。

久しぶりだからこそ、ゆっくり始めたい。以前よりも無理のない計画で潜りたい。見たい景色や生き物を、落ち着いて楽しみたい。

一人ひとりが海に求めるものは違い、その答えも、その時々で変わっていきます。

私たちが大切にしているのは、決められた形に合わせてもらうことではありません。その日の海と、その人の今に向き合い、安心して一歩を踏み出せる方法を考えることです。

初めて訪れる方にも。何度も通ってくださっている方にも。長い時間を経て、再び恩納村へ来てくださる方にも。

「また来ても大丈夫だった」「ここなら相談できる」「帰って来てよかった」

そう感じていただける場所でありたいと思っています。

店舗があり、ボートがあり、スタッフがいる。けれど、場所をつくるのは建物や設備だけではありません。

海で過ごした時間と、人と人との間に積み重なった信頼があって、初めて「帰って来られる場所」になるのだと考えています。

ブルーリーフは、これからも変わらず、恩納村の海でお待ちしています。

History ブルーリーフ15年の歩み

海と人に向き合いながら、
積み重ねてきた15年。

2011年、ブルーリーフは恩納村で歩みを始めました。最初から、すべてが整っていたわけではありません。

一日一日の海に向き合い、一人ひとりのゲストを迎えながら、自分たちにできることを少しずつ積み重ねてきました。

海況を見極め、その日に合ったポイントを選ぶこと。ゲストの経験や不安、希望を伺うこと。

無理をせず、安全を最優先に判断すること。特別なことではなく、当たり前のことを丁寧に続ける。

その積み重ねが、現在のブルーリーフにつながっています。

2011

ブルーリーフ誕生

一人ひとりと向き合う店づくり

安心して海を楽しんでいただくことを最優先に、少人数でゲストと丁寧に向き合う店づくりが始まりました。

2016

ブルーリーフ5周年

恩納村の海へ、感謝を込めて

5周年の節目に、これまで支えてくれた恩納村の海への感謝と、未来へつなぐ想いを込めて、サンゴ植樹イベントを開催しました。

2021

ブルーリーフ10周年

コロナ禍で迎えた、大きな転機

ゲストが恩納村へ来られない日々が続く中、創業10周年を迎えました。「より安心して帰って来られる場所でありたい」との願いを込め、新店舗へ移転しました。

2013〜2017

月刊『マリンダイビング』に掲載

恩納村の新たな魅力を全国へ

独自に新規開拓したダイビングポイントやブルーリーフの取り組みが、月刊『マリンダイビング』で複数回にわたり紹介されました。

2019

年間潜水1,036本を記録

誰よりも潜り、経験を信頼へ

海に入らなければ、見つけられないものがある。誰よりも潜って積み重ねた発見と判断力を、プロガイドとしての確かな経験と信頼へ変えました。

2026

ブルーリーフ15周年

15年のすべてを、前例なき大舞台へ

創業15周年を迎えた年、栃木アンカー工業株式会社から託された「水中社長引継式」を実現。52期にわたる企業の歴史と未来を次代へつなぐ一度きりの大舞台に、15年間、恩納村の海で積み重ねてきた経験と信頼のすべてを結集しました。

15年間、恩納村の海で、一人ひとりのゲストと向き合い、
安全を最優先に、その日の海を丁寧にご案内してきました。
その一日一日の積み重ねが、変化を乗り越え、これまでにない挑戦へ応える経験と信頼につながりました。
これからも皆さまが安心して帰って来られる場所であり続けるために、
恩納村の海とともに、次の15年へ歩みを重ねていきます。

Store Relocation 10周年、帰って来られる
場所を形にした

帰って来てくださる未来を信じて、つくった場所。

2021年、ブルーリーフは10周年を迎えました。

本来であれば、これまでの歩みを喜び、皆さまと節目を祝いたい年でした。

しかし、世の中はコロナ禍の中にあり、沖縄を訪れることも、海へ潜りに来ることも難しい状況が続いていました。先の見通せない時期に、ブルーリーフは新しい店舗への移転を決断しました。

もう一度、恩納村へ
帰って来ていただくために。

新店舗への移転は、事業を大きく見せるためでも、店舗を新しくすること自体が目的でもありませんでした。

いつか状況が落ち着いた時に、ゲストの皆さまが再び恩納村へ帰って来てくださる。その時に、以前よりも安心して、快適に過ごしていただける場所を用意しておきたい。

その想いが、移転を決断した大きな理由でした。

旧店舗には、更衣室やシャワー、パウダースペースなど、ダイビング前後に不便を感じさせてしまう部分がありました。

海の中をご案内する時間だけでなく、準備をする時間、海から戻った後の時間も、ブルーリーフで過ごす大切な一日の一部です。

だからこそ、これまで感じていた不便をそのままにせず、一つずつ見直すことにしました。

海から戻った後も、
心地よく過ごせるように。

新しい店舗では、着替えやシャワーを落ち着いて行えること。

女性ゲストにも、ダイビング後の身支度をしやすく感じていただけること。海について話したり、次に潜りたい場所を相談したりしながら、ゆっくりと過ごせること。

ダイビングの前後を含めて、一日を気持ちよく過ごせる場所を目指しました。

店舗づくりには、横田がダイビング業界へ入る前に、13年間働いた建設業での経験も生かされています。

設備や動線を考え、自分たちでできる部分には手を入れながら、多くの仲間や関係者の力を借りて完成させました。

決して一人でつくった店舗ではありません。

ブルーリーフを応援し、力を貸してくださった方々の想いも、この場所には込められています。

「帰って来られる場所」を、
実際の形に。

新しい店舗が完成しても、すぐに以前のような日常が戻ったわけではありません。

それでも、いつかまた笑顔で再会できる日を信じ、ゲストを迎える準備を続けました。

少しずつ恩納村へ人が戻り、久しぶりに店舗の扉を開けてくださった時。

「ただいま」「久しぶり」「また来られてよかった」

そんな言葉を交わせたことは、新店舗への移転が間違いではなかったと感じられる瞬間でした。

ブルーリーフにとって店舗は、ダイビングの受付や器材を準備するためだけの場所ではありません。

海へ向かう前の不安を相談し、海から帰った後の時間をともに過ごし、次の再会を楽しみにできる場所です。

10周年での新店舗移転は、「帰って来られる場所」という想いを、目に見える形にした大切な節目となりました。

あの日、未来を信じてつくった場所で、今日もゲストを迎えています。
これからも、久しぶりに訪れる方にも、初めて扉を開ける方にも、
安心して過ごしていただける場所を育て続けていきます。

Yokota’s Story 恩納村一筋20年代表・横田崇の
ストーリー

横田崇

株式会社あおば 代表取締役/ブルーリーフ代表

横田 崇

この海で生きていくと決めて、
20年。

代表・横田崇は、ダイビングの仕事を始めてから20年、恩納村の海を見続けてきました。

現在は株式会社あおばの代表取締役としてブルーリーフを運営しながら、現場のガイドとして日々海に立っています。

横田にとって、恩納村一筋20年という年月は、毎日の海に向き合い、判断を重ね、一人ひとりのゲストをご案内してきた時間そのものです。

その仕事の基礎には、建設業で働いた13年間があります。そして、仕事の後もゴルフの練習に打ち込んだ日々、偶然訪れた沖縄での出会い、新しい人生へ踏み出す決断が、今の横田につながっています。

110年続く会社で学んだ、仕事の基礎。

横田は高校を卒業した18歳で、株式会社若林工務店に入社しました。
1916年創業の建設会社で、13年間、工事の仕事に携わりました。在籍していた2006年には創業90周年を迎え、その後、2016年に100周年、2026年には110周年を迎えています。

当時は、長く続く会社の意味を深く考えながら働いていたわけではありません。ただ、日々の仕事に向き合う中で、社会人として、そして仕事を任される人間としての基礎を教わりました。

入社当初から役職があったわけではなく、現場で経験を重ね、少しずつ責任を任されるようになり、退職時には工事部課長を務めていました。
今、自らも会社を経営する立場になり、横田は110年という歴史の重みを改めて感じています。

会社を長く続けるためには、時代の変化に気づき、その変化に順応していくこと。そして、お客様や社会から必要とされ続けることが欠かせません。

ブルーリーフも、15周年を迎えることができました。
これから先も必要とされる存在であるために、変わっていく時代やゲストの思いに目を向け、自分たちの仕事を見直し続けていく。
13年間お世話になった会社の長い歴史は、今の横田に、会社を続けていくことの意味を考えさせてくれます。

「仕事は、段取りが八割」

建設業の仕事をする中で、繰り返し聞かされた言葉があります。
「仕事は、段取りが八割」
準備をおろそかにして、良い仕事はできません。

職人が現場に入り、持っている技術を十分に発揮するためには、その前に仕事をする環境が整っていなければなりません。

工事の内容を確認し、図面を読み込む。
必要な材料や道具をそろえ、関係する職種や取引先と細かな打ち合わせを重ねる。
作業の順番を組み立て、人員や時間を調整する。
危険な箇所を洗い出して安全対策を決め、現場で起こり得る問題を想定し、先に対処しておく。

職人が到着してから考え始めるのでは遅く、作業が始まる前に、どこまで準備できているか。その段取りによって、仕事の質と流れの大部分が決まります。

十分な準備ができていれば、職人は余計な迷いや待ち時間なく、自分の仕事に集中できます。その上で、技術を持ったプロが、任された仕事を確実に仕上げていく。

それぞれの職種が、決められた順番で滑らかにつながり、無駄な動きや手戻りがなく、現場全体がきれいに進んでいく。その一連の流れまで含めて、良い仕事なのだと学びました。

目に見える完成部分だけが、仕事の質を決めるのではありません。
完成する前に、どれほど考え、確認し、準備したのか。
表からは見えない段取りが、最後の仕上がりをつくっています。

仕事の後は、ゴルフ練習場へ。

会社へ入った頃、横田は休日に草野球を楽しんでいました。高校まで続けてきた野球は、社会人になってからも生活の中にありました。
ほかの趣味も見つけようと、湘南に住んでいたこともあり、サーフィンも始めます。ただ、長くは続かず、自分が夢中になれるものを模索していました。

ゴルフとの出会いは、20歳頃。会社でゴルフをしていた人に、練習場へ連れて行ってもらったことがきっかけです。
最初から本気で取り組んでいたわけではなく、遊び感覚でした。野球を中心に、時々ゴルフの練習場へ行く程度だったといいます。

ところが、草野球の先輩たちもゴルフをしていて、それがとても上手でした。その姿を見ているうちに、横田の負けず嫌いに少しずつ火がついていきます。
高校の野球部時代の同級生たちも、社会人になってゴルフを始めるようになりました。そのうちの一人は、プロゴルファーを目指し、高校卒業後から研修生になっていました。

仲間とのつながりの中で、ゴルフは次第に身近なものになっていきます。
本格的にのめり込む最大のきっかけは、22歳頃、草野球のメンバーと行った初めてのラウンドでした。
スコアは127打。
先輩たちの上手さを目の当たりにして、「負けていられない」という気持ちが強くなり、そこから練習に熱が入るようになりました。
最初の目標は、100を切ること。猛練習を重ねても、なかなか届きませんでした。

その頃、クラブのフィッティングを受け、自分に合ったものへ替えます。そして、そのクラブで出たラウンドで、初めて100を切りました。
しかも、スコアは89。
100を切ることを目指していたのに、一気に90まで切った一日。それは今も、ゴルフを続けてきた中で最大の思い出になっています。
ある程度上達してくると、会社の接待で、得意先のコンペにも参加するようになりました。

仕事の話から離れ、ゴルフを通じて親しくなる。一緒にラウンドし、会話をする時間からコミュニケーションが生まれ、仕事もうまく進むようになっていきます。
ゴルフは、仲間と楽しむ趣味であると同時に、仕事で関わる人たちとの距離を近づけてくれるものでもありました。

次第にラウンドの回数も増え、競技ゴルフにも参加するようになります。
仕事が終わった後は、深夜24時まで営業している練習場へ。最後の頃には、ほぼ毎日通っていました。
移動に使う時間があるなら、その分を練習に回したい。行きつけの練習場に近い家へ引っ越したこともあるほど、ゴルフに夢中でした。

そうして打ち込んだ結果、最終的なハンディキャップは9になりました。

進路の決まっていない退職と、沖縄への旅。

株式会社若林工務店を退職することが決まり、横田には約3カ月の有休消化期間がありました。
13年間勤めた会社を離れた後、次にどの道へ進むのか。退職後の進路は、まだ決まっていませんでした。
新しいことを始める場所は、どこでもよかったと横田は振り返ります。

日本国内に残ることだけではなく、海外で暮らし、働くことも視野に入れていました。海外では料理人になる道も考え、知人に紹介してもらう予定もありました。
自分が沖縄で海の仕事をすることになるとは、その時は思ってもいませんでした。

その期間中、横田は2週間の沖縄旅行へ出ます。滞在先に選んだのは、恩納村のムーンビーチでした。
この旅は、ダイビングをするためのものではありません。沖縄への移住を決めるためでも、次の仕事を探すためでもありませんでした。
長く勤めた会社を離れる前に、これまでとは違う場所で時間を過ごしながら、次の人生について考えるための旅でした。

料理屋での一言から、海の中へ。

ダイビングとの出会いは、まったくの偶然から始まりました。
滞在中に立ち寄った料理屋で、店の方から声をかけられます。

「ダイビングはしたの?」
その何気ない一言をきっかけに、ダイビングショップを紹介してもらうことになりました。それが、横田にとって初めてのダイビングでした。

もし、その料理屋へ入っていなければ。
もし、あの一言をかけられていなければ。
この旅で海の中へ入ることはなかったかもしれません。

初めて見た水中の世界は、それまで知っていた海とはまったく違っていました。

けれど、その一度で、すぐに人生の進路を決めたわけではありません。海に強く惹かれたことは確かでしたが、その時点では、これからの人生を考えるうえで、新しい選択肢が一つ加わったにすぎませんでした。

その後、同級生の親友夫婦から連絡がありました。これから沖縄へ行くので、一緒に行かないかという誘いです。
二人と合流するまでには、まだ時間がありました。横田はその間に、ダイビングライセンスを取得することを決めます。

次に親友夫婦と海へ行くなら、自分もダイバーとして潜ってみたい。そう考えて必要な講習を受け、ライセンスを取得しました。
その後、沖縄へ来た親友夫婦と合流し、一緒に座間味島へ向かいました。

料理屋での一言から始まった最初のダイビング。
親友夫婦から届いた、沖縄へ行くという連絡。
合流するまでの間に取得したライセンス。
そして、ダイバーとして向かった座間味島。

一つひとつの出来事が重なり、ダイビングは単なる旅行中の思い出ではなくなっていきました。
それでも、この2週間の旅だけで、「沖縄に住もう」「ダイビングを仕事にしよう」と決断したわけではありません。

旅行を終えた後も、海外を含めて、次にどの道へ進むのかを考え続けました。ただ、この旅を境に、ダイビングという存在が横田の中から消えることはなくなりました。

その時はまだ分からなかったいくつもの出来事が、少しずつ第二の人生へつながり始めていました。

ゴルフに区切りをつけ、この場所で生きると決めた。

旅行を終えてからも、水中で見た景色が心に残っていました。

もっと海を知りたい。
もっと潜れるようになりたい。
この世界で、自分がどこまでできるのかを確かめたい。

さまざまな可能性を考えた末に、横田は沖縄へ来て、ダイビングの仕事に挑戦することを決めました。

ただ、最初からダイビングでなければいけなかったわけではありません。大切だったのは、ゼロから新しいことへ挑戦することでした。

新しい人生を始める場所は、海外も含めて、どこでもよかった。たまたま沖縄旅行へ来て、恩納村の海と出会ったから、この場所を選んだのだと思うと横田は話します。

沖縄へ来ると決めた時、その場所で挑戦する仕事として考えたのが、ダイビングでした。
出会いは偶然でも、そこから先は自分で決めた道です。
年齢を考えても、いつまでもあちこちを模索し続けるわけにはいかない。一つの場所で極めなければ、成功はないと考えていました。

だからこそ、沖縄へ来る時には、一生この場所で生きていくと決めていました。
その時、夢中になっていたゴルフをやめる決断もしました。使っていたクラブ一式は、同級生にすべて預けてきました。

第二の人生を成功させるためには、新しいことへ全部の時間を注がなくてはいけない。横田には、遊んでいる時間は1秒もないという思いがありました。
それまでの生活に区切りをつけ、一から新しい環境で歩き出す。その覚悟を決めて、沖縄へ来たのです。

後に同級生が沖縄へ来た時など、一緒にゴルフへ行ったことはあります。ただ、移住する時には、新しい人生へ集中するために、ゴルフを手放すと決めていました。

第二の人生として選ぶなら、この世界を極める。

建設業で積み重ねてきた13年間を離れ、まったく異なる世界で一から始める。
それまでの役職も経験も、海の世界では横田を一人前にしてくれません。知識も技術も、改めて身につける必要がありました。

年齢も、これまでの経歴も言い訳にはできない。この道へ進むと決めた以上、中途半端に終わらせるつもりはありませんでした。

第二の人生として選ぶなら、この世界を極める。
人を海へ案内できるプロになり、安全を任せてもらえる知識と技術を身につける。経験を重ね、自分自身の判断で仕事ができるところまで進む。

そして、その先には、自分の会社を立ち上げ、自分の店を持つことも見据えていました。
独立は、経験を積んだ後に突然思いついたものではありません。ダイビングを第二の人生として選んだ時から、目標の中にありました。

ただし、自分の店を持つには、まずプロとして認められるだけの力が必要です。資格を取ることは、その入口にすぎません。

海を読む力。ゲストの状態を見極める力。事故を未然に防ぐ判断力。予想外の状況に対応する力。
生物や地形を理解し、その魅力を伝える力。そして何より、人の命を預かる責任を引き受ける覚悟。

身につけなければならないものは、数え切れませんでした。だからこそ、どのように進めば最短で必要な力を得られるのかを考えました。

建設業で教わった「段取りが八割」という言葉は、ここでも横田の基準になりました。
目標から逆算し、必要な経験を整理する。何を学び、どの技術を磨き、どの段階を踏めばよいのかを考える。準備を整えたうえで、できることにはすぐに取り組む。

一刻も早く、人を責任を持って海へ案内できる立場になりたいと考えていました。
その後、一人のお客様との出会いによって、その思いはさらに明確になります。
自分がインストラクターになる日を待ってくださる人がいる。その信頼に応えたい。その方へ、一日でも早く伝えたい。

「インストラクターになりました」

ダイビングを第二の人生として選んだ覚悟と、一人のお客様との約束。その二つが重なり、横田は全力でプロへの道を進んでいきました。

ブルーリーフの一本は、海へ入る前から始まっている。

建設業で身につけた考え方は、現在のダイビングの仕事にもつながっています。

海へ入ってから、初めて考えるのでは遅い。
前日までに天気予報を確認し、当日の風、波、潮、透明度を予測する。
ゲストの経験本数、ブランク、年齢、体調、使用する器材を把握する。
どのポイントを選ぶのか。どの順番で潜るのか。どのコースを通り、どこで折り返すのか。状況が変化した時には、どのような代替案を選ぶのか。
船、車両、タンク、器材を確認する。スタッフ同士で情報を共有し、それぞれの役割を明確にしておく。
こうした準備が整って初めて、ガイドは水中で自分の技術と経験を発揮できます。

十分に段取りができていれば、ゲストを不必要に待たせることも、現場で迷わせることもありません。スタッフの動きも滑らかになり、安全確認に集中できます。

そして、ゲストには、その裏側にある慌ただしさを感じさせることなく、海での時間を楽しんでいただけます。

プロの仕事とは、水中で上手に案内することだけではありません。
ゲストからは見えないところで準備を整え、迷いやストレスを生まない状態をつくり、その上で現場の仕事を確実に遂行することです。

段取りが八割。準備があるからこそ、プロは最高の仕事ができる。
株式会社若林工務店で教えられたこの言葉は、今も横田の中に深く刻まれています。
建設現場と海では、仕事の内容は異なります。それでも、良い仕事が準備から始まることは変わりません。

ブルーリーフの一本も、海へ入る前から始まっています。

恩納村の海を、毎日違う海として見る。

同じ恩納村の海でも、海況、潮、風、透明度、季節、生き物の様子は、毎日変わります。
昨日良かった場所が、今日も同じように適しているとは限りません。

経験のあるダイバーにとって問題のない状況でも、久しぶりに潜る方や、不安を抱えている方には負担となることがあります。

だからこそ横田は、ポイントの名前や過去の印象だけで判断せず、その日の海を見て決めることを大切にしています。
海況だけでなく、ゲストの経験、体調、希望、不安を重ね合わせながら、その日に適した海の時間を組み立てる。

20年間の経験は、決まった答えを持つためではなく、変化する状況の中でより良い判断を重ねるためにあります。

今も、現場のガイドとして海に立つ。

横田は現在も、ブルーリーフのガイドとして日々海に立っています。

海の変化やゲストの気持ちは、実際の現場に立ち、自分の目で見なければ分からないことがあります。

海へ入り、その日の状況を確認する。
ゲストと会話をし、表情や呼吸、動きの変化を見る。
一日の案内を振り返り、次の判断に生かす。

その繰り返しを続けることが、ブルーリーフの基準を守り、より良い海の時間をつくるために必要だと考えています。
代表という肩書きにかかわらず、横田にとって現場に立つことは、これからも変わらない仕事の原点です。

20年の経験を、一人ひとりの安心へ。

恩納村一筋20年という言葉だけで、安全や満足を約束できるわけではありません。
海に絶対はなく、経験を重ねても、自然を完全に予測することはできません。
だからこそ、経験を過信せず、その日の海を確認し、無理をしない判断を続けることが大切です。
横田が20年間で積み重ねてきたものは、潜った本数や知っているポイントの数だけではありません。

海の変化を見極めること。
迷った時には、安全を優先すること。
ゲストの言葉にならない不安にも目を向けること。

その一つひとつを、一人ひとりの安心につなげていくことが、プロとして果たすべき役割だと考えています。

この海で生きていくと決めてから、20年。
恩納村の海は、今も新しいことを教えてくれる場所です。

建設業で教わった仕事の基礎も、ゴルフに打ち込んだ日々も、
新しい環境へ踏み出した決断も、今の横田につながっています。

時代の変化に気づき、順応し、必要とされ続けること。
これまでの経験に頼り切ることなく、目の前の海と人に向き合いながら、
これからも現場に立ち続けます。

Our Values ブルーリーフが大切にしている5つのこと

海では、当たり前のことを、
当たり前に続ける。

ブルーリーフには、特別なことをしているという意識はありません。

その日の海を確認すること。一人ひとりの経験や体調を把握すること。無理をせず、安全を最優先に判断すること。

海をご案内する仕事として、どれも欠かすことのできない、当たり前のことです。

しかし、その当たり前を毎日丁寧に続けることが、ゲストの安心と信頼につながると考えています。

1.

一人ひとりを見るための、少人数制。

ブルーリーフでは、1チーム1ガイド制を基本としています。平均的なチーム人数は1名から3名程度です。4名をひとつの目安とし、人数が増える場合には、状況に応じてアシスタントを配置します。少人数でご案内する理由は、特別感を演出するためではありません。水中で一人ひとりの様子を確認し、必要な時に対応できる距離を保つためです。同じ経験本数のダイバーでも、得意なことや苦手なこと、その日の体調や感じ方は異なります。表情、呼吸、泳ぎ方、周囲の見方。言葉だけでは分からない変化にも目を向けながら、そのチームに合った進め方を考えます。

2.

海ではなく、人に合わせて計画する。

行きたいポイントや、見たい景色、生き物について希望を伺うことは大切です。一方で、その希望をかなえることだけが、良いガイドだとは考えていません。風、波、潮、流れ、透明度。その日の海況に加えて、ゲストの経験、体調、ブランク、不安を重ね合わせながら、無理のない計画を組み立てます。経験豊富なダイバーであっても、強い流れや大きな負担が予想される場合には、別のポイントを提案することがあります。予定を変えることや、希望とは異なる判断をすることもあります。それは、ご案内する一本を安全に終え、次の海につなげることを最も大切にしているからです。

3.

その日にしか出会えない
海を、丁寧に。

ブルーリーフでは、独自に開拓したオリジナルポイントを含め、30か所近くのポイントを使用しています。多くの選択肢を持つことは、たくさんの場所へ行くこと自体が目的ではありません。海況や季節、ゲストの希望に合わせて、その日に適した場所を選ぶためです。有名なポイントへ案内することだけが、恩納村の海の魅力を伝える方法ではありません。穏やかな場所で、ゆっくりと景色を眺める時間。混雑を避け、落ち着いて生き物を観察する時間。光や潮の変化によって、その日にしか見られない海の表情。一人ひとりが海を楽しめる状況を整え、その日の海の魅力を丁寧にご案内します。

4.

安全を、すべての判断の
基準に。

ダイビングは、自然の中で行う活動です。どれだけ経験を重ねても、海を完全に予測することはできません。だからこそ、予定や期待よりも、安全を優先します。迷いがある時は無理をしない。海況に変化があれば計画を見直す。一本を途中で終える判断もためらわない。海の中で起きることをすべて防げると考えるのではなく、起こり得ることを想像し、備え、状況に応じて判断することを大切にしています。安全を守ることは、楽しさを制限することではありません。安心できる環境があってこそ、海の景色や時間を心から楽しめると考えています。

5.

正解のない仕事だから、
考え続ける。

海の状況も、ゲストの希望も、毎日同じではありません。昨日うまくいった方法が、今日も最適とは限りません。ガイドの仕事には、ひとつの決まった正解がないと考えています。だからこそ、一日の案内を振り返り、もっと良い方法がなかったかを考えます。これまで積み重ねた経験を大切にしながらも、それだけに頼らず、目の前の海と人を見る。ブルーリーフにとって、より良いガイドを追求することは、これからも終わることのないテーマです。

一人ひとりに向き合うこと。安全を最優先に判断すること。
その日の海を見て、無理のない時間を組み立てること。
ブルーリーフは、これからも当たり前のことを丁寧に積み重ねながら、
安心して帰って来られる場所を守り続けます。

DiveLog 年間1,036本、
782時間58分という記録

年間潜水本数

1,036本

年間潜水時間

782時間58分

24時間換算

約32日15時間

1,036本。782時間58分。
恩納村の海で積み重ねた、プロガイドの実記録。

2019年、ブルーリーフ代表・横田崇は、1年間で1,036本の潜水を記録しました。

さらに、一年間のダイブログに残された各ダイブの潜水時間を集計すると、年間潜水時間は782時間58分。

24時間で換算すると、約32日15時間。

一年のうち、丸一か月以上を水中で過ごした計算になります。

この記録には、恩納村以外での潜水も含まれています。

1,036本という本数も、782時間58分という時間も、後から推計した数字ではありません。

日々のガイド、講習、調査などで海に入り、一回一回の潜水を記録してきた結果として残った実数です。

一本ずつ記録したから、残せた事実。

ダイビングガイドという仕事をしていても、一年間に自分が何本潜り、何時間を水中で過ごしたのかを、すべて記録として残しているとは限りません。横田自身も、すべての年について正確な年間潜水本数や潜水時間を残しているわけではありません。

2019年は、一年間の潜水を一本ずつ記録しました。その記録を積み上げた結果として残ったのが、『年間1,036本』『年間潜水時間782時間58分』という数字です。

横田自身、この記録について調べる中で、プロのダイビングガイドが「一年間に何本潜ったのか」という年間潜水本数そのものを、公表された記録として比較することが難しいことにも気づきました。

横田が調べた範囲では、同じ条件で比較できる年間1,000本を超える個人の記録は確認できていません。

だからこそ、この数字を誰かと競うための記録ではなく、一人のプロガイドが一年間、実際にどれだけ現場に立っていたのかを示す記録として、きちんと残しておきたいと考えています。

1,036回、違う海と向き合った。

潜った本数が多ければ、それだけで良いガイドになれるわけではありません。

大切なのは、その一本で何を見て、何を考え、次の判断へどう生かしたかです。風向き、波、潮の流れ、透明度、水温、生き物の様子。同じ恩納村の海、同じダイビングポイントでも、季節、時間帯、天候によって海は違う表情を見せます。

そして、海だけではありません。一緒に潜るゲストの経験、体調、得意なこと、不安に感じること、海に求めているものも、一人ひとり違います。

1,036本という数字は、単に海へ入った回数ではありません。1,036回、その時の海と人を見て、考え、判断を重ねた一年でもありました。

年間782時間58分という水中での時間は、そうした現場経験の積み重ねを数字として残したものです。

経験が増えるほど、海を決めつけない。

経験を積み重ねることで、海の小さな変化に気づけることがあります。

一方で、「これだけ潜っているから大丈夫」という考え方は、自然を相手にする仕事では危険です。

昨日潜れた場所でも、今日の風、波、潮、そして参加するゲストによって、判断は変わります。

1,036本という記録は、安全を保証する数字ではありません。

むしろ、多くの海を見てきたからこそ、海は毎回違うことを知る。

過去の経験だけで決めつけず、その日の海を自分の目で確認する。

迷った時には無理をしない。積み重ねた経験を過信するためではなく、より良い判断をするために使う。

それが、ブルーリーフがこの記録から大切にしていることです。

数字を誇るためではなく、
経験を伝えるために。

ブルーリーフが「年間1,036本」「782時間58分」という数字を伝える理由は、記録の大きさだけを誇るためではありません。

「長年の経験があります」「たくさんの海を見てきました」そう言葉で伝えることは簡単です。

しかし2019年については、一本ずつ残したダイブログがあります。

いつ潜ったのか。どこで潜ったのか。何分間潜ったのか。その積み重ねを、後から確認することができます。

だからこそ、曖昧な「経験豊富」という言葉だけではなく、実際に現場で積み重ねてきた経験の一部を、数字と記録によって伝えることができます。

そして、その経験は現在も、ポイントを選ぶ時。予定を変更する時。海へ入るかどうかを判断する時。水中でゲストの様子を確認する時。

一つひとつの判断の土台として生かされています。

年間1,036本。年間潜水時間782時間58分。
2019年、横田崇が実際に海へ入り、一本ずつ記録した数字です。
一年間のうち、丸32日以上を水中で過ごした計算になります。
けれど、本当に大切なのは、「たくさん潜った」という数字だけではありません。
海に入り続けることでしか気づけない変化。
一人ひとりのゲストと向き合う中で積み重ねてきた判断。
そして、その経験を次の一本へ生かしていくこと。
数字の先にある経験を、目の前の海と人のために使い続ける。
それが、ブルーリーフにとって、この記録を残し、伝える意味です。

CSR 恩納村の海を見続け、
記録する

その年、その日にしか
出会えない海を、未来へ残す。

海は、いつも同じ姿を見せてくれるわけではありません。

季節、潮、風、水温、透明度。さまざまな条件が重なり合い、その日の海の表情がつくられます。

昨日まで見られなかった生き物が現れることもあれば、長く見続けてきた景色が少しずつ変化することもあります。ブルーリーフでは、日々のガイドとともに、恩納村の海を観察し、その変化を記録する活動を続けています。

同じ海を見続けるから、気づける変化がある。

海の変化は、必ずしも分かりやすく現れるものではありません。水温の違い。サンゴの状態。生き物が現れる時期や場所。透明度や潮の流れの変化。一度だけ潜った海では気づきにくいことも、同じ場所を繰り返し見続けることで、少しずつ違いが見えてきます。横田が恩納村の海に立ち続けてきた20年と、ブルーリーフが積み重ねてきた15年。その時間の中で見てきた海の記憶を、感覚だけで終わらせず、写真、映像、日付、潜水場所などの記録として残すことを大切にしています。

一年に限られた夜、サンゴの産卵を追う。

ブルーリーフが継続して観察しているものの一つが、サンゴの産卵です。サンゴの産卵は、一年の中でも限られた時期に見られる自然現象です。月齢、水温、潮、天候、過去の記録などを確認しながら観察日を予測しますが、自然を相手にする以上、必ず見られるとは限りません。何日も海へ入り、変化を確認しながら待ち続けても、産卵が起こらないことがあります。予測とは異なる時間や場所で、突然始まることもあります。だからこそ、観察できた日だけでなく、確認できなかった日も記録します。いつ、どこで、どの種類のサンゴが、どのような状態だったのか。産卵の有無だけでなく、その前後に見られた変化も残し、次の観察へつなげています。

見つけることより、
事実を残すこと。

珍しい出来事に出会うことは、海の仕事の大きな魅力です。しかし、見つけたことだけで終わらせてしまえば、その時の記憶は少しずつ曖昧になります。ブルーリーフでは、観察した内容をできる限り正確に残すことを大切にしています。撮影した日時。潜った場所と水深。海況や水温。生き物やサンゴの状態。確認できたことと、確認できなかったこと。推測と事実を分け、後から振り返ることができる形にする。記録は、特別な発見を大きく見せるためのものではありません。同じ海を次に見る時の基準となり、過去と現在の違いを考えるための材料になります。

記録した海を、次の案内へ生かす。

海の記録は、観察活動のためだけに使うものではありません。季節ごとの海況や生き物の傾向を振り返ることで、日々のポイント選定やガイドにも生かすことができます。どの時期に、どの場所で、どのような景色が見られたのか。水温や潮の変化によって、生き物の様子がどう変わったのか。過去の記録を参考にしながら、その日の状況を自分の目で確かめ、ゲストへご案内する海を考えます。ただし、過去の記録が、その年やその日の海を保証するものではありません。記録を答えとして使うのではなく、目の前の海をより深く見るための材料として生かしています。

恩納村の海を、次の世代へ。

海の景色は、少しずつ変わっていきます。変化のすべてを止めることはできません。それでも、その時にどのような海があったのかを残すことはできます。美しい景色だけでなく、環境の変化や、観察しても確認できなかった事実も含めて記録する。それが、この海で活動を続ける私たちにできる役割の一つだと考えています。今見ている恩納村の海を、未来の誰かが振り返る時。ブルーリーフが残してきた記録が、この海を知り、考えるための小さな手がかりになればと思っています。

海を見続けること。気づいた変化を、できる限り正確に残すこと。
そして、記録したことを、次の観察とガイドへつなげること。
ブルーリーフは、これからも恩納村の海に向き合い、その時にしか出会えない姿を記録していきます。

Special Case 15周年に実現した、
水中社長引継式

2026年7月、ブルーリーフは栃木アンカー工業株式会社から、非常に特別な依頼を受けました。
それは、現社長から新社長への引継ぎという企業にとって大切な節目を、「水中で行いたい」というものでした。

単なる記念イベントではありません。会社の歴史を次の世代へつなぐ重要な式典を、水中という特殊な環境で実現する。ブルーリーフにとっても、これまで経験したことのない大きな挑戦でした。

多くの参加者が安全に式典へ参加できるよう、事前の打ち合わせを重ね、ダイビング経験の確認、班編成、スタッフ配置、水中での導線や式典進行、撮影方法まで、一つひとつ準備を進めました。

本番へ向けて実際の海でロケハンや練習を行い、参加者をサポートするインストラクター、式典進行、水中撮影など、それぞれの役割を細かく決めていきました。

当初は恩納村の海で本番を行う予定でした。しかし、本番直前に台風9号が接近。安全を最優先に考え、恩納村の海での実施を断念することになりました。

それでも、そこで終わりにはしませんでした。

会場を宜野湾のプールへ変更し、それまで準備してきた内容を新しい環境に合わせて組み直し、水中での社長引継式を実現しました。

自然を相手にする仕事では、計画どおりにいかないことがあります。大切なのは、予定を守ることではなく、その時の状況を正しく判断し、安全を守りながら、目的を実現する方法を考えることです。

今回の式典は、ブルーリーフにとって単なる企業イベントではありませんでした。企業の大切な節目を託していただいた責任。

そして、その責任に応えるために必要だった、安全管理、企画力、スタッフとのチームワーク、撮影対応、現場での判断力。

恩納村の海で15年間、一つひとつのダイビングに向き合いながら積み重ねてきた経験が、これまで経験したことのない依頼へ応える力になりました。

15周年という節目の年に実現した水中社長引継式。それは、ブルーリーフが積み重ねてきた経験と信頼が、新しい挑戦へとつながった象徴的な出来事となりました。

Bonds with guests 海を通して生まれた関係

初めての出会いが、
いつか「おかえり」に変わる。

ブルーリーフの15年間には、本当に多くの出会いがありました。初めて恩納村の海を訪れた方。ダイビングを始めたばかりの方。長く海を楽しみ続けている方。一人ひとりが、それぞれの想いを持ってブルーリーフを訪れてくださいました。その出会いの一つひとつが、今のブルーリーフをつくっています。

海で出会い、少しずつ関係を
重ねていく。

初めてお会いする時は、好きな海の景色も、得意なことも、不安に感じることも分かりません。だからこそ、予約のご相談から、当日の会話、ダイビング前の確認まで、一人ひとりのことを知る時間を大切にしています。どのような海を楽しみたいのか。どのくらいのペースが心地よいのか。苦手なことや、気になっていることはないか。海をご案内しながら会話を重ね、少しずつその方に合った時間を考えていきます。一度のダイビングだけでは分からなかったことも、再び訪れてくださることで見えてくることがあります。好きな景色や生き物。落ち着いて潜れる深さやペース。これまでに見てきた海と、これから見たい海。そうした時間の積み重ねによって、ゲストとガイドの間に信頼が生まれていきます。

久しぶりの再会も、自然に迎えられる場所へ。

仕事や家庭、住んでいる場所、体調や生活環境の変化によって、海から離れる時期があることは珍しくありません。数か月ぶりの方もいれば、数年ぶりに恩納村へ帰って来てくださる方もいます。久しぶりのダイビングには、楽しみと同時に、不安があるかもしれません。以前と同じように潜れるだろうか。器材の使い方を覚えているだろうか。周囲に迷惑をかけないだろうか。ブルーリーフでは、離れていた期間だけで、その方を判断することはありません。今の体調や経験、不安を伺いながら、無理のない方法を一緒に考えます。以前と同じでなくても大丈夫です。今の自分に合った形で、もう一度海を楽しむことができれば、それが新しい始まりになります。久しぶりに扉を開けてくださった時も、特別に構えるのではなく、自然に「おかえり」と迎えられる場所でありたいと思っています。

一人の出会いから、家族や仲間へ。

ブルーリーフへ通ってくださる方の中には、家族や友人、大切な人を連れて来てくださる方もいます。最初は一人で訪れた方が、次はご夫婦で。親子で同じ海を楽しんだり、仲間と記念のダイビングを迎えたり。一人との出会いが、新しい出会いへとつながっていくことがあります。大切な人にブルーリーフを紹介してくださることは、私たちにとって、とても大きな信頼の表れです。その信頼に甘えることなく、初めて訪れる方にも、これまで通ってくださっている方にも、同じように丁寧に向き合うことを大切にしています。

回数ではなく、積み重ねた時間を大切に。

何度も訪れてくださることは、ブルーリーフにとって大きな喜びです。けれど、訪れた回数だけで関係の深さが決まるとは考えていません。初めてブルーリーフを選んでくださったこと。遠くから恩納村まで足を運んでくださったこと。久しぶりにもう一度訪れてくださったこと。その一回一回が、どれも大切な出来事です。海で一緒に過ごした時間。ダイビングの前後に交わした会話。記念の一本や、思いがけず出会えた景色。そうした一つひとつが思い出となり、次の再会へつながっていきます。

ブルーリーフをつくってきたのは、人とのつながり。

15年間、ブルーリーフが歩みを続けてこられたのは、訪れてくださったゲストの皆さまがいてくださったからです。何度も恩納村へ帰って来てくださった方。遠くから応援を続けてくださった方。家族や友人へブルーリーフを紹介してくださった方。海で過ごした時間を大切な思い出として残してくださった方。一人ひとりとの関係が積み重なり、ブルーリーフという場所がつくられてきました。海も、店舗も、ボートも、ブルーリーフに欠かすことのできないものです。しかし、それだけでは「帰って来られる場所」にはなりません。訪れる人がいて、迎える人がいて、再会を喜び合える関係がある。そのつながりがあってこそ、ブルーリーフは帰って来られる場所であり続けられるのだと考えています。

初めて訪れてくださる方には、「ようこそ」。
再び恩納村へ帰って来てくださる方には、「おかえりなさい」。
そして海から帰る時には、「またお待ちしています」。
これからも、一つひとつの出会いを大切にしながら、次の再会へつながる海の時間を積み重ねていきます。

Voices お客様から頂いた
お祝いメッセージ

修平・真理 様

15周年おめでとうございます。
沖縄の海とブルーリーフの居心地の良さにはまって、10年以上夫婦でお世話になっています。
今までブルーリーフで100本以上潜っていますが、毎回いろんなワクワクがあって全てが楽しい思い出です。
サンゴの産卵に感動したり、名前のついていないシークレットポイント開拓に同行して冒険気分になったり、2ダイブの全てをモウミウシ撮影に費やしたり。
誕生日にサンゴの植え付け体験をさせてもらったのが特別に嬉しかったです。「恩納村に私たちが植えたサンゴがあるんだよ」とダイビングやっていない人にも自慢しています。
恩納村の夏の光が差し込んで色鮮やかな海も好きですし、冬にクジラの鳴き声を聴きながらゆっくりマクロ観察できる海も大好きです。
ブルーリーフの居心地の良さは、うまく言葉にできませんが、「ちょうどいい距離感」と「ホスピタリティ」ではないでしょうか。
ショップとゲストとの距離感がちょうどよく、馴れ馴れしすぎることなく、ビジネスライクでもない。でもあったかいです。ブルーリーフのお店につくと「おかえりー」って故郷の古い友達に迎えてもらっているような気持ちになります。お祝い事は全力で一緒に祝ってくれます。結婚記念のサプライズにも協力してもらい、本数記念も楽しく盛り上げてもらいました。
横田さんとゆうじくんに感謝です。
20周年、25周年とこれからも素敵なブルーリーフでいてください!!

山本恵美子 様

15周年おめでとうございます。
いつも安全に楽しくダイビングをさせて頂きまして感謝しています。楽しすぎて夜は酔ってご迷惑をおかけしていますがこれからもずっとよろしくお願いします。ブルーリーフの益々のご発展をお祈り申し上げます。

かおり 様

私は、ここのショップで恩納村の海に出会い恩納村の海、沖縄が大好きになりました。
初めて恩納村の海を見たときの感動は今でも目に焼き付いています。
これからも、たくさんの人が海を好きになるきっかけを、ブルーリーフからつくり続けてください!
15周年おめでとうございます

笑子 様

ブルーリーフ様15周年本当におめでとうございます!祝
ブルーリーフだからこそいつも安心して利用させてもらってます。
これからも通い続けますよ〜♪
宜しくお願いします!

高橋洋子 様

ブルーリーフさんを利用し始めた時期は2021年、コロナ禍真っ最中のときでした。あれから5年、早いですね。
コチラのショップさんを選んだきっかけは、問い合わせのレスポンスが早かったのと、 自社ボードを持っていて、少人数でのグループでダイビング出来るところを探していたのでコチラのお店に決めました。
それから毎年、年二回はお世話になっています。もうよそのダイビングショップには行けません。
ショップの方々の人柄がとても良く、万年初心者の私たちにも毎回温かく迎えてくださり感謝しかありません。
よそのショップさんなら叱られるか呆れられるレベルの私たちです。
1番の思い出は初めて訪れた時のポイントのクマノミパラダイスです。 忘れられない思い出です。
ブルーリーフさんオリジナルのポイントで、ダイビングの素晴らしさを感じた場所でした。いまでも時々その時に撮影した動画を見て癒されています。
ブルーリーフさんはショップが綺麗でアメニティなども充実していて、海からも近く、移動も楽々。スタッフさんの対応も素晴らしいです。 すでにいろんな人に紹介していますがこれからも宣伝しまくります。
恩納村は海がバツグンに綺麗ですし、ショップが最高!海近、自社ボート、少人数、ガイドさんの対応が素晴らしい。
いつ行っても温かく迎えてもらえる。
歳をとっても出来るダイビング。
こんな私達ですが、これからも毎年伺いますのでよろしくお願いします。

ムギムギ 様

ブルーリーフ15周年おめでとう御座います。㊗️
2018年、ブルーリーフの門を叩き、OWDライセンス修得から8年!早い〜
いつも楽しい海の時間をありがとうございます♪
なぜか…行きたくなるブルーリーフです。
恩納村の海とスタッフの皆さんに会いたくなる…
暖かくて素敵なショップです。
昨年6月末、珊瑚の産卵は観られませんでしたが、最高の夕日とナイトダイビングめっちゃ良かった。
これからもたくさんの海の思い出を一緒に作って下さいね。
よろしくおねがいしま〜す♪

The next 15 years これからの15年

変わらないために、変わり続ける。

2011年の創業から15年。ブルーリーフを取り巻く環境も、恩納村の海も、ダイビングを楽しむ方々の価値観も、少しずつ変化してきました。これから先も、海や社会、私たちの仕事は変わり続けていくと思います。その中で、ブルーリーフが守りたいものがあります。一人ひとりに向き合うこと。安全を最優先に、その日の海を見て判断すること。久しぶりでも安心して相談できる場所であること。そして、恩納村の海に帰って来てくださる方を、変わらず迎え続けることです。

大きくすることより、深く積み重ねる。

これからの15年で、ブルーリーフをどこまで大きくできるか。店舗やボートをどれだけ増やせるか。多くの方を一度に案内できるか。私たちが目指しているのは、そうした規模の拡大だけではありません。目の前のゲストに、これまで以上に丁寧に向き合うこと。一日の海を振り返り、より良い判断や案内を考えること。恩納村の海を見続け、知らなかった景色や変化に気づくこと。一つひとつの仕事を、より深く積み重ねていくことを大切にしたいと考えています。人数や数字だけでは表せない信頼を、これからも一日ずつ築いていきます。

「帰って来られる場所」を、守り、育てる。

帰って来られる場所は、一度つくれば完成するものではありません。店舗があり、ボートがあり、スタッフがいれば、それだけで続いていくものでもありません。訪れてくださる方の年齢や経験、生活環境は変わっていきます。ブルーリーフを支えるスタッフや、海を取り巻く環境も変化します。その変化に向き合いながら、今のゲストに必要なことを考え、できることを少しずつ更新していく。それが、「帰って来られる場所」を守ることにつながると考えています。変えてはいけないものを守るために、変えるべきものは変えていく。これからも、久しぶりに訪れる方にも、初めてブルーリーフを選んでくださる方にも、安心して相談できる場所を育て続けます。

恩納村の海を、見続ける。

恩納村の海に20年間立ち続けてきても、まだ知らないことがあります。同じ場所に潜っても、季節、時間、潮、天候によって、海は違う姿を見せます。これまでの経験を答えとして決めつけるのではなく、目の前の海を自分の目で確かめる。変化に気づき、記録し、次の判断へつなげる。その姿勢を、これからも大切にしていきます。サンゴの産卵をはじめとする自然の変化や、その時代にしか見られない恩納村の海の姿も、できる限り記録として残していきます。15年後に振り返った時、今の海を知るための手がかりが残っていること。それも、この海で活動を続けるブルーリーフの役割の一つだと考えています。

ブルーリーフの基準を、次の世代へ。

これまでブルーリーフの判断やガイドの基準は、横田自身の経験や感覚によって支えられてきた部分が多くありました。しかし、ブルーリーフがこれから先も「帰って来られる場所」であり続けるためには、大切にしてきた考え方を、個人の経験だけにとどめておくことはできません。なぜ、このポイントを選ぶのか。なぜ、予定を変更するのか。なぜ、少人数で案内するのか。なぜ、安全をすべての判断より優先するのか。これまで積み重ねてきた考えや基準を言葉として残し、スタッフと共有し、次の世代へ伝えていく。15周年を機に制作を進めている記念書籍や、この特設WEBページも、そのための取り組みの一つです。形だけを引き継ぐのではなく、その判断の理由や背景まで伝えること。それが、これからのブルーリーフをつくる土台になると考えています。

次の15年も、恩納村の海で。

15年後、ブルーリーフが30周年を迎える時。今と同じ形であるかは分かりません。海の環境も、設備も、仕事の方法も変わっているかもしれません。それでも、一人ひとりに向き合い、その日の海を見て、丁寧にご案内する姿勢は変わらずにいたいと思っています。初めて訪れた方が、また恩納村へ帰って来てくださること。長く通ってくださっている方と、これからも海の時間を重ねられること。新しい世代のダイバーが、この海を好きになってくれること。そして、ブルーリーフがこれからも、安心して帰って来られる場所であること。その未来に向かって、次の15年を一日ずつ積み重ねていきます。

15周年は、到着点ではありません。
これまで大切にしてきたことを確かめ、次の時代へつなげていくための新しい出発点です。
これからも恩納村の海で、目の前の人と海に丁寧に向き合いながら、ブルーリーフらしい歩みを続けてまいります。

おかげさまで15周年 15th Anniversary 2011–2026

これからも、恩納村の海で
皆さまをお待ちしています